40年以上前から存在が予言されてきた“神の粒子”、ヒッグス粒子の探索が大きく前進した。大型ハドロン衝突型加速器(LHC)による2つの実験で、ヒッグス粒子の存在を示す興味深い現象が初めて確認されたという。
12月13日、スイスのジュネーブで欧州原子核研究機構(CERN)が記者会見を行った。LHCのアトラス実験と小型ミューオン・ソレノイド(CMS)実験でヒッグス粒子の存在を示すデータが確認され、およそ125GeV(1250億電子ボルト、GeV=ギガ電子ボルト)の質量と判明したという。電子ボルトはエネルギーの単位だが、素粒子物理学では素粒子の質量の単位として用いられる。
アトラス実験グループの広報担当ファビオラ・ジャノッティ氏は、「ヒッグス粒子が存在する場合、116~130GeVの質量範囲に収まる可能性が高いとわかった。また、この数週間の実験では125GeV近辺で興味深い現象が確認されている」と述べた。
「この現象はたまたま生じた揺らぎが原因かもしれないが、重要な意味を持っている可能性もある。現時点では結論付けることはできず、研究を継続してもっとデータを集める必要がある」。
CERNのロルフ・ディーター・ホイヤー所長も、「今回の結果は暫定的」と注意を促している。
LHCの重イオン衝突実験装置ALICEのプロジェクトでイギリスチームのリーダーを務める、バーミンガム大学の素粒子物理学者デイビッド・エバンス氏は発表を受けて次のように話す。
「アトラス実験グループとCMS実験グループは、ヒッグス粒子の質量範囲を絞り込む大きな仕事を成し遂げた。近い将来、もっと刺激的な結果が手に入るはずだ。来年の終わりまでには、ヒッグス粒子が発見されているか、あるいは存在しないことが証明されているだろう」。
◆ヒッグス粒子の“変化”を計測する
ヒッグス粒子は寿命が非常に短いと考えられている。観測できるのは、ヒッグス粒子そのものではなく、ヒッグス粒子が崩壊して生成された粒子だけである。
アトラスとCMSの実験グループは116~130GeVの質量範囲で過剰な量の崩壊粒子を観測した。つまり、この範囲にヒッグス粒子が存在し得ることになる。
CERNによると、“偶然ではない可能性”は95%を超えるという。しかし、物理学の世界で正式に発見と認められるには99.99%以上の精度が求められるため、まだ“発見”には至っていない。
◆“神の粒子”の探索に適したLHC
ヒッグス粒子探しは科学の一大テーマである。物理学の標準理論(標準模型)にとって決定的に重要だからだ。標準理論は素粒子の基本的な相互作用を非常にうまく説明することができるが、ヒッグス粒子が存在しなければそもそも成立しない。
メディアで“神の粒子”として紹介されるヒッグス粒子は、1960年代に物理学者ピーター・ヒッグス氏によって存在が予言された。「電子やクオークなどの質量を持つ素粒子と、光子などの持たない素粒子が存在するのはなぜか」という謎を解くためである。
ヒッグス氏は、宇宙が磁場と同様の“見えない場”で満たされていると想定した。素粒子がほぼ相互作用することなく、この「ヒッグス場」を移動できるのであれば、抵抗は生まれない。その場合、質量はほとんどないという。
逆に、素粒子がヒッグス場と大きく相互作用する場合、質量は大きいことになる。
ヒッグス場を想定するのであれば、対を成す素粒子の存在を認める必要がある。これがヒッグス粒子である。
ALICEプロジェクトのエバンス氏は、「標準理論の下では、場に対応する素粒子が存在しなければ、場も存在しない」と説明する。例えば、電磁場に対応する素粒子が光子である。
標準理論は「ヒッグス場が存在するなら、ヒッグス粒子も存在する」と予言するが、質量については何も語っていない。これが探索の難しさの一因となっている。
「ヒッグス粒子が発見されれば、1897年の電子の発見に匹敵する偉業となる」とエバンス氏は話す。発見者のJ・J・トムソンは1906年にノーベル物理学賞を受賞している。
◆ヒッグス粒子探しはハズレなし
CERNでは、陽子同士の衝突をさらに続け、ヒッグス粒子の兆候を数多く検出し、正当性を裏付けていく予定だ。
エバンス氏は、「早ければ来年の夏にも、いずれかの結果が確定しているだろう」と予想する。
「発見されれば、標準理論の確立に大きく貢献する。存在しないことが証明されたとしても、新たな物理学の幕開けにつながるだろう。いずれにせよ、努力が無駄になるような“ハズレ”はない」。